静岡市主催のお茶と料理のペアリングイベントがパリ一つ星レストラン「アクサン」で行われた。ロマン・マイ氏の斬新な料理と静岡産日本茶との二人三脚は果たして大成功?大失敗?
文・写真 増井千尋 お茶の解説 後藤由美
1月下旬、静岡市主催の「お茶と料理」のペアリングイベントがパリ「アクサン」で行われた。日本茶、日本酒、焼酎、和牛など、日本の食材をフランスの料理を通して伝えるイベントが、コロナでここ数年途切れていたがようやく戻ってきたようだ。自国の食材のPRにここまで念を入れている国は他にないのでは?日本人としてはとてもありがたいことだが―本日のメニューは「アクサン」らしく長いので序文はここまでとしよう。
ウエルカムティー 浅蒸し煎茶「まちこ」
静岡産の品種「静7132」のなかでも高級茶として作られている「まちこ」。桜餅の甘い香りがするお茶。浅蒸しは普通蒸しともいい、お茶を30秒から1分蒸す製法。深蒸し煎茶の場合は1-2分蒸すので(浅蒸しと温度は同じ)浅蒸しに比べて茶葉は粉っぽくなる。
アミューズとやえほ
一口サイズの小さなアミューズがコロコロテーブルに並ぶ。「コロコロ」というのは小さくかわいくテーブルに転げてくるような印象を受けるからだ。シェフのロマン・マイ氏は童顔で高校生のように見えるが実は立派な30代。フランスの著名料理校「フェランディ」卒。
「アミューズは説明の順にお召し上がりください」と言われる。まずは「ブーダン・ノワールとバナナ」(ブーダン・ノワールは豚の血を豚の腸の中に固めたフランスの伝統食材)。なんともかわいい豚の形をした大きめのボンボンショコラの中にブーダン・ノワールの色がチョコレートに似ていることからきた発想だろうか、ちょっと甘くほど良く塩っぱく、チョコレートの酸味と血の苦味を上手に利用したとろっとなめらかに作り上げた二口。まさにアミューズ・ブッシュ、「口を遊ばせて」食欲をそそる。
浅蒸し煎茶「やえほ」
現在では希少な品種「やえほ」
一口目少し苦いが、その後口に広がり残る甘さが心地よい。
「メレンゲ」はウスターソース、とサービスの人が言うが、どのようにして白いメレンゲになったのかは不明。まったく分からないまま口に入れると甘いような酸っぱいような塩っぱいようなチチボールのような一口。さっと溶けて味の微かな記憶だけを残して消える。
ボールの中は生のイカのタルタルに白ビールのジュレ。上にはイカのチュイルがきれいな絹かレースのようにふわっと仕立ててある。白ビールは色が薄いことから飲みやすく見えるが意外にもくっきり苦味が効いた甘みの少ない飲み物。生のイカのねっとりした甘みを白ビールがあっさりと抗して、チョコレートやブーダンの味と食感の濃度をリフレッシュ。
薄いタルト生地の中にはアンドゥイエットとチョコレート。せっかく白ビールでリフレッシュした口の中が再び濃さに襲われる。タルト生地は非常に薄くちょっとばかり甘い。ブーダン・ノワールに似た相性だが、こちらは腸詰。ブーダンよりも脂と塩味が強い。カナッペ感覚の大き目の一口。
最後の豆サイズのシュークリームの中は栗とリンゴ、そして上にアンチョビの欠片がのっかっている。このシューはとっても気に入った。カリっとドライなシューは、口に入れるとプチっと割れて中のクリームが弾け出る。酸っぱいような甘いような、クリームだけど粉っぽいような。そうそう、このシェフは若いのに食感の遊びが巧なのだ!続きが楽しみ……
アントレとまちこ
根セロリのリゾットはモルトーという、太いごっついフランスの粗挽きソーセージで香りづけている。燻製の香りとしっかりした豚の脂が特徴だ。
料理の上に黒トリュフの薄いスライスが一枚のせてある。残念ながら今年のトリュフはどこで食べても香りがあまりない。秋と冬が暖か過ぎたらしく収穫が史上最悪と言われている。あってもなくてもあまり変わらないような気がする。
「まちこ」冷茶
冷えすぎでは?フランスだから冷たすぎると思うのか?
日本の飲み物はキンキンに冷やす傾向がある。でもフランスは寒い国だからなのかあまり冷やさない。
ワインは冷たくても気にならないが、これは気になってしまった。
モルトーソーセージの香りを上手に利用しているが、「リゾット」という名称からほかほか居心地の良い炭水化物を想像してしまう。しかしこの「リゾット」はスープのように薄い液体に根セロリの微塵。だから米からくる温かみがない。スープと考えれば非常に美味だが、料理名とは意外に重要なのだと痛感する。
次のペルドロー・ルージュの料理はちょっと難しかったかなぁ……
好みの問題ではあるが私の「ペルドロー像」はとってもクラシック。つまり、フランス料理の伝統ジビエ料理らしく、こってりしたソースや煮詰めた肉汁を覆った野生の鳥をがっつりと、フォークとナイフと手と指で食べる―そういうものなのだ。ペルドローは日本語でアカアシイワシャコとウィキペディアが教えてくれたが、通常は日本でも「ペルドロー」というのではないだろうか(こんな難しい名前聞いたことない……)?
キジ科の野生鳥で、キジと同じように脂肪分がほとんどなくあっさりした、あまり色気のない肉だ。ジビエ特有の「野生の香り」がおいしい。
本来この料理はホタテを合わせるはずだったのが、ホタテアレルギーのメンバーがいたのでシェフは代わりに生のイカを和えた。上にはペルドローをコンフィにした「削り節」。フランス語で「コンフィ」と言うが、一概にどうしたのかが分からない言葉だ。最近は煮るか漬けるか手を加えるとなんでも「コンフィ」と言うような気がする。ソースはマグロの魚醤と発酵乳にニラ油、炒ったカボチャの種油、レモン果汁とランプフィッシュの卵。ガリシア(スペイン)のウニはその中でマリネしてから上に乗せて。
非常に面白い構成だが……アレルギーのせいでホタテが犠牲になったのが大変残念だ。ホタテにはイカにない甘みがあり、生のホタテはその触感で脂を加えたような効果がある。ちょっと張り詰めた厳しい塩辛さをまろやかに包み込んでくれたに違いない。
二品の魚料理、香り緑茶
魚はスズキの鱗焼き、それに薄くスライスした柿。ソースはムール貝の「出汁」のエミュルション。甘みの少ない柿を聖護院カブのように使い、ムール貝の旨みと実に美しいペアリング。
私としてはスズキもソースも柿もすべてがこの倍の量欲しかった。食べ物は、大きさと味のバランスというものがある。大きければ良いというわけではない。小さいから繊細に味わえるかと言えばそれも違う。この料理は、日本茶と合わせるために小さく細くしたのではないかと思うが、堂々とでっかく出てきてほしかった―それが私の本音。
香り緑茶
品種は「まちこ」と同じ静7132。香り緑茶とは今注目を浴びている「萎凋茶(いちょう茶)」のことで、これは煎茶を作る工程で、紅茶と同じ工程(茶葉を低温でしおらせ発酵させる)を加え香りの発揚を促している。このお茶は「まちこ」と同じ品種を使っているが、確かに全く違ってふんわりと甘い風味。
二品目の魚はヒラメ。それにピエ・ド・ムートン(=羊の足)茸と、テット・ド・モワーヌ(修道士の頭)というチーズを。このチーズは大きくて固いタイプのスイスチーズだが、特殊な削り器を使ってちりちりした形でサーブするのが特徴。パンがなくても食べられるマイルドな味。ピエ・ド・ムートン茸はエリンギに似ているが、エリンギよりも小さく繊細で香りが良い。ソースはヴァン・ジョーヌ(=黄色いワイン)。ジュラ地方の名物で特殊な熟成過程からソトロンを多く含み、カラメルの香りがする。甘みはなく、昔からソースに良く使われるワインだ。魚の上に熟成キャヴィアを少々。こちらは旨味を十分に含んだ「塩」。
二品の肉料理
次に登場したのはブルターニュ産オマールに五週間熟成させた鴨。上にのせてある白い花はマッシュルーム。単なる飾りに見えるが実は重要な役割を果たしている。熟成した鴨は脂が少ないが味は濃い。オマールは肉に似た大味な甲殻だ。この料理は濃厚な味の「肉」を二つ重ねたようなもので、食べ手を攻めてくる。強いダブル攻撃を微かな青い香りと土臭い風味で和らいでくれるのがマッシュルームの花。
最後の料理はリ・ド・ヴォー、あん肝、ポティマロンカボチャ。フランスには無数のカボチャの種類があるが、その中でもポティマロンカボチャは甘みがあり食べやすい。リ・ド・ヴォーは仔牛の胸腺でフランス料理の珍味の一つ。あん肝は……フォアグラの魚版?ここまでくると食べる方は複雑な味の層に麻痺してしまって、この料理はあまり記憶に残らなかった。
デザートと和紅茶
だからデザートが嬉しい。「アクサン」のオーナーシェフパティシエールは日本人の杉山あゆみさん。私が数年前、初めて「アクサン」を訪れたときの彼女のデザートは軽くて爽やかで……あまりパンチがなかった。器用に作った日本人のデザート。そういう薄い印象を受けていた。しかし、1~2年前から、急激に進化し、パティスリーの確かな技術に斬新な発想、完璧な出来栄えが目を見張らせた。この進化はいつまで続くのか?と疑問に思っていた。
そんな彼女の今日のデザートはすばらしかった。黒トリュフのクリーム、洋ナシと塩のアイスクリーム。名称を聞いてもさっぱり分からないのは料理と同じだ。外観はあまりぱっとしない、とっても普通に見えるデザートで一瞬警戒したが、口に入れたら……チュイルは非常に軽く、さくっと割れる。中は黒トリュフの風味を活かしたクリームだが、こちらが甘みとトリュフ特有の土臭さの完璧なバランス。しつこくないが「ちゃんと」甘い。下の洋梨のゼリーのようなものは口を洗う役割なのか、さらっとさわやか。そして塩のアイスクリームは塩っぱいが、甘味と塩味の境目を行ったり来たりする怪しい味わい。色気満々のデザートは、昔のアクサンのパティスリーから想像できない大人の雰囲気。
デザートと合わせて出てきたお茶は日本の紅茶。近年、「日本の紅茶」が流行っているのか、意外に頻繁に出てくるが、いつも「得意そうに」出てくるのだ。しかし中国の紅茶と比べるとまだまだ存在感が薄いように思える。日本のお茶の文化はやはり緑茶にあるのではないだろうか。
和紅茶(品種 べにふうき 1993年に登録された和紅茶用の葉)
近年和紅茶が大変なブームである。和紅茶は、ヨーロッパ産の紅茶の多くがアッサム種からつくられているのと異なり緑茶と同じ日本茶用の茶葉で作られている。その分渋みが少なくまろやかだと言われ、この「べにふうき」もマスカットのようなフルーティな香りと甘い余韻がある。ヨーロッパ産の紅茶に比べて、よく言えばまろやかでやさしい口当たり。悪く言えばあまり印象の残らない味。
結論
料理は、上下あったが非常に面白く美味。お茶は、冷たいのは料理と合わないと思ったが、単独に飲めばおそらく香り豊かで美味しいのだろう。フランス料理は、マイ氏ほどモダンなシェフがバターやクリームをほとんど使わずに作ったとしても、やはり「土」のもの。そして動物のもの。しかし日本茶は全てが―歴史・風土・文化―海と海のものに向かっている。料理は料理。お茶はお茶。二つの線が平行し、交わうことがなかった。
同じ茶葉でも土の食材をメインとする中国と比較すると明確だ。中国茶は豚や豚の脂に合うようにできている。日本茶は、漬物や白いご飯に合うようにできている。今回のお茶をいただきながら「お茶漬けが食べたいなぁ~」とふとため息をついた。今回のメニューで本当に合うと思ったのは和紅茶とデザートのみだった。
しかし、絶対に日本茶とフランス料理が合わないとは言い切れない。フランスのレストランのソムリエは必ずワイン畑を訪問する。「ソムリエ」は、ワインをグラスに注ぐだけではなく、ワインを研究し、頭で理解し、肌で体験し、その過程を経て初めてレストランのお客に売る。彼らにとってワインは料理を活かすものであり、同時に料理はワインを売るためのショーウィンドーでもある。ソムリエがいない小さなレストランではシェフがその役割を果たすことが多い。
「茶ソムリエ」などおかしな言葉は避けたいが、今回のイベントは、過去のイベント同様、お茶はお茶、料理は料理で、お茶と料理の会話が欠けていた。
まずは料理人と茶畑との肌のふれあいが必要ではないだろうか。