1970年代から世紀末までは、中国、ベトナム、タイ料理を一緒くたにサーブする「中国レストラン」が多かった。カルティエ・ラタンを中心とし、ほとんどが大学生や家族連れ向けの安い食堂だった。当時のフランス人は中国料理とベトナム料理を区別せずアジアからくる食べ物は全て「中国」と捉えていた。
ベトナム戦争後のボートピープルを始め、中国、カンボジア、ベトナム、ラオスの人々がフランスに亡命し、その多くが華僑だった。政治と歴史の気まぐれで根こそぎ移動させられた弁護士や画家だった人たちは、必要に迫られ小さな安い食堂を開いて新しい生活をパリで築いたのだ。
2000年代に入ると、もはやフランス国籍を取得した元難民が市場のニーズに素早く対応し、安中華から安寿司屋に転換した。フランス人が好むサーモン一色のちらし寿司に甘い醤油をかけ、サーモンの握り寿司を12貫皿に並べ、チーズに牛肉を巻いて串に刺した「ヤキトリ」などを提供するようになった。同時期にいくつかの高級中国料理店がオープンしたが、シャングリラやペニンシュラなど、アジアに本社を置く高級チェーン店に過ぎなかった。
ところが近年、雲南、四川、広東、台湾……各地方の中国料理を名乗る店が続々と誕生している。オーナーやシェフは若いアジア系。フランス国籍を持っていて、中国語よりもフランス語が上手。親には中国語で話すが兄弟はフランス語。フランス社会に溶け込むため自国の文化を犠牲にした先祖とは反対に、中国文化・料理に誇りを持つ新世代。移民としてのコンプレックスから解放され、生存のための料理ではなく、純フランス人同様アイデンティティを表現する料理だ。
Feel Ling フィーリング
先日16区ローリストン通りに所在するレストラン「Feel Ling」で中国料理をテーマとするインスタグラマーChifanと「Feel Ling」のシェフ、ソフィー・ヤのコラボディナーが行われた。一昔前の赤いシルクの提灯を飾ったような中国レストランではなく、パリのビストロの典型のような、ガラス戸はきちんと閉まらず、いたるところに隙間風が入り、カウンターにはメグレ警部が肘をかけて白ワインを飲んでいるのではないかと思うような雰囲気。カウンターの後ろは小さなキッチン。今のパリのビストロノミーの典型のような店だ。
メニューも、今風に黒板で手書き。腸紛やオマールの炒め物、チャーハンやビーフンが数種あるだけのいたってシンプルなメニュー。
普段は黒板から料理を選ぶア・ラ・カルトだが、本日はコラボディナーということでコースは決まっている。最初に出てきたのが鶏のブイヨン。トウモロコシとニンジンが浮いている。淡泊で薄味で、パリの化学調味料だらけのとろみがかった中華スープとは似ても似つかない自然な味。実に美味い。
今までは、フランス人は味が濃くないと分からない、という偏見があった。だからフランス人に出すアジア料理は必然的に味が濃い。しかしここでは、薄味の料理を出す。折れそうに細いソフィーシェフは見かけによらず度胸がありそうだ。周りのテーブルは全員フランス人だが、口を揃えて感激しているではないか。薄くても、濃くても、美味しいものは誰が食べても美味しい……すべての料理が非常に美味で驚いた。広東人が作る広東料理ではあるが、フランス人がフランスの素材を使って作るからフランス以外では食べられない広東料理ができている。これは見事。
Feel Ling
24 rue Lauriston
75016 Paris
インスタグラム
Horiz オーリ
2022年8月にオープンしたHorizは、パリ第3区アール・ゼ・メティエの中華街にある。実はこの中華街、パリ最古なのだ。13区やベルヴィルの方が知られてはいるが、ここは温州の生地問屋の界隈で100年近い歴史を持っている。だから食堂は、フランス人ではなく、問屋たちが昼麺を飲み込むような店しかなく、つい最近までフランス人がほとんどこなかった。しかし、フランスの中国料理のリバイバルとともに、フランス人がこの中華街を発見し、中国人用に作った本格中華食堂を評価するようになった。
その一角にできた「オーリ」。私が行ったときは両親がテーブルに座っていた。レストランで駆け回っているのは息子たちらしい。果たして、両親は見張っているのか誇り高く見守っているのか……一時間ほどしたら大きなBMWに乗って去っていった……
店主は長男のアレクサンドル・リン。元フォーシーズンズ・ホテル・ジョージVのパティシエだそうだ。一緒に働く兄弟や彼女たちが働いているが、全員フランス語で交わし、彼女たちはアジア系ではない。
ドリンクメニューが充実しており日本酒、韓国のソジュ、米酢、自家製醸しフルーツ、コンブチャ、オーガニックジュースや玄米茶を使った創作カクテルに力を入れている様子。店のスペシャリティは「ビン(餅)」の一種の「ヌオミ・ビン」、餅粉で作ったクレープのようなもの。それをタコスのように詰めて出す。面白いコンセプトで、グルテンフリーなのも今風。
炒飯はもちろん、麺類やビーフン、フライドポテトのように揚げたテンペ(テンペ菌で発酵させた大豆の発酵食品。インドネシア発祥)。ちょっと気になるのが全ての料理に同じスパイスミックスを使っているようで数皿注文すると若干飽きる。しかし、酒のつまみに食べやすく美味しい。また長男がパティシエだったからか、粉物は全て上手に仕上がっている。
Horiz
8 rue au Maire
75003 Paris
インスタグラム
Kitchen Story キッチン・ストーリー
この地域の商人やレストラン経営者は、商売では有名だが食べ物がまずいと言われがちの温州出身。しかし、人はどこでも美味しく食べたい。温州料理は、世界でまったく知られていないこともあり、意外にこの界隈で発見がある。
キッチン・ストーリーは典型的な中華食堂。店構えはレストランと言うより一昔前の雀荘と言ったところか。目を丸くするな品数の多いメニュー。店内に入ると、内装はお世辞でも恰好良いとは言えないが、店の空気は悪くない。客が朗らかに気長に待っている感じがする―ということは(中国人はせっかちだから)待つかいがあるということだろう。ただ食べるだけではなく、食事を楽しみにきているお客の雰囲気だ。
名物は誰もが注文するキャベツチャーハンのようだ。なぜキャベツチャーハンがそんなに好評なのか。シェフは明らかに全テーブルのキャベツライスを一気に調理するようだ。
キッチン・ストーリーは、パリの典型的な中華料理店のイメージに近い。サービスは意外にフレンドリーで、献立は高級料理と屋台料理が並んでいる感じ。食べると、若干科学調味料が強いが、家庭的で真面目な料理で、友人が「おふくろの味」と言うのが分かるような気がする。
Kitchen Story
15 rue au Maire
75003 Paris
Ciao Roue チャオ・ルー
最後に、今川焼。いや、名前は「今川焼」ではなく「ウィールケーキ(車輪餅)」。日本統治時代に日本から渡った今川焼が時代と共にアレンジされ改名したのが車輪餅で、ここでは英語のウィールケーキ(Wheel Cake)という言葉を使っている。チャオ・ルーはマレー地区の端っこで、上記の中華街からも近いところにある小さいな小さな店。狭いテーブルが二つと小さなベンチが三つしかないからテイクアウトが多い。ここはフランス人よりもアジア系の客が多く、一つ一つ注文を受けてから焼くので少々待たされる。
オーナーのチャオ・ウェイは台湾から来た台湾人でいわゆる移民とはちょっと違う。元ヘッドハンターだったチャオ氏は一時帰国を考えたがやはりパリで車輪餅を作りたいと決心し、ちょうど一年前の店をオープン。どら焼きは知られているが、今川焼やたい焼きは誰も知らないパリで、オリジナルなコンセプトは即刻ヒット。日本の今川焼より厚みもあり、腹持ちが良い。塩味は豚とタロ芋やカブと海老、ローストチキンやクロック・ムッシュを真似たチーズとハムもある。甘い風味は餡子、抹茶、黒ゴマ、カスタードクリーム、クレーム・ド・マロン(栗のピュレ)そして週替わりのアール・グレイやほうじ茶などがある。
パリではまだ比較的珍しく嬉しいのはオーガニック中国茶がおいてあること。マレーで買い物をした後に一息お茶をするには最適だが、夕方は混むので昼過ぎの空いている時間帯がオススメ。
Ciao Roue
3 rue de Montmorency
75003 Paris
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