この季節になると愛好家たちの間で必ず話題に上がるのが野兎の王家風(リエ―ヴル・ア・ラ・ロワイヤル)。ジビエを使ったクラシックなこの料理は、下準備をして赤ワインでじっくり煮込んだ野兎に、血と赤ワインを煮詰めカカオを加えた濃厚なソースが添えられている。フランス料理の巨匠アントナン・カレムのレシピが伝統的なものだが、クトー上議員風レシピ(煮込んだ肉をほぐして出す)も有名だ。いずれにせよ、この料理と一緒に飲むワインを巡って議論が起こることはしばしばで、時には想像もしていなかった驚きが待っている。
力強く複雑な味わいを持つこの一品にあわせる定番としては、骨格のしっかりしたサンテミリオンかポムロールの高級ワイン(グラン・ヴァン)がまず挙げられる。コート・ド・ニュイの最高級ピノノワールで造られたシャンベルタンやヴォーヌ・ロマネ、シラー種のみを使った壮重なエルミタージュ、グルナッシュ種の味が凝縮しているフォンサレットやラヤス(どちらもローヌ地方)のワインもクラシックなペアリングの成功例だ。
勿論、すべて赤ワインである。パワフルな野兎の味とそれに引けを取らない濃厚なソースに対抗できる白ワインがあるかなんて考えたことがあるだろうか。
20年ほど前、トゥールにあるシャトー・ベルモンでジャン・バルデシェフが作る野兎の王家風を食べたのだが、そこで経験したソーテルヌとのペアリングはまさに発見ともいえる出会いだった。完璧なマリアージュ。
出された料理はクトー上議員風レシピに近く、極薄に切ったセロリがドーム状になった上にほぐした野兎の肉がそっと盛り付けられていた。とろけるような食感、計算しつくされた力強い味わい。そこでは料理に合わせて2種類のワインがサービスされた。グリオット・シャンベルタン1ジュヴレ・シャンベルタンにある9つのグラン・クリュのなかでも最小の特級(生産者トマ・バソ) 1995年とシャトージレット2醸造したワインを20年以上タンクで熟成させてから瓶詰めするという独創的なワイン造りを行なっており、無格付けでありながらソーテルヌの最高峰のひとつと言われている1990年だ。
衝撃的だった。通常は赤の高級ワイン、時にはポートワインのようなアルコールを合わせる伝統料理が、ペアリングのおかげでまるで新しい境地が開かれたかのようだった。すべてが美味しかったのだが、テーブルを囲んでいた全員が、野兎料理の傑作とこのワインとのマリアージュをどう比較してどう表現すればよいものかと思案しながら、料理とワインを代わる代わるに口に運んでいた。それほど驚愕的なおいしさだったのだ。
当然ながら、シャンベルタンは野兎と完璧に調和していた。ワインの壮大な力強さが料理全体に比類のない気高さを与え、次に控えているソーテルヌを最初から圧倒していた。ソーテルヌを飲むことが無意味にさえ思えた程だ。
ところがである。風格あるシャンベルタンにすっかり感嘆した後だというのに、ソーテルヌはさらに堂々とその存在を主張したのだ。ワインの甘みと滑らかな食感が野兎の酸味と果実味と抜群にマッチして、野兎の持つ野性味をエレガントに際立たせている。
勇気あるこのペアリングを考案したソフィー・バルデの満足げな眼差しを感じながら、我々のテーブルは完全な驚嘆と幸せに包まれていた。驚きの「経験」はまた他の形で繰り返されることになる。
こうして、白ワインは全くもって摩訶不思議な形で野兎の王家風と美しいハーモニーを奏でることができると実証されたのである。この後私は、野兎の王家風のパイとシャトー・シャロン3シャトー・シャロン ジュラ地方のヴァン・ジョーヌ生産者で一番有名なシャトー1942年のマリアージュや、同じ料理でヴーヴレや甘口のクロ・デ・ヌイ4ヴーヴレはシュナン・ブロン一種で造られているトゥーレ―ヌ地方のフルーティなワイン。クロ・デ・ヌイはヴーヴレに存在する最古のドメーヌ1952年とのマリアージュなどを経験した。
しかしながら、数ある料理とワインのペアリングの中でもあの時のソーテルヌと野兎の王家風の「ありえない」マリアージュは衝撃が舌に刻まれており、今でも毎年一度は再び体験したいと思ってしまう。
ジビエの季節が来るたびに……。
- 1ジュヴレ・シャンベルタンにある9つのグラン・クリュのなかでも最小の特級
- 2醸造したワインを20年以上タンクで熟成させてから瓶詰めするという独創的なワイン造りを行なっており、無格付けでありながらソーテルヌの最高峰のひとつと言われている
- 3シャトー・シャロン ジュラ地方のヴァン・ジョーヌ生産者で一番有名なシャトー
- 4ヴーヴレはシュナン・ブロン一種で造られているトゥーレ―ヌ地方のフルーティなワイン。クロ・デ・ヌイはヴーヴレに存在する最古のドメーヌ