パリの老舗高級店「タイユヴァン」にて。パート①に続いてジュリアーノ・スペランディオ シェフが創った和牛メニューの後半。さて、その挑戦の結果は ?勝負は決した。
メインの肉料理が運ばれてきた時点で一種の安堵感があった。前半の純フランス料理に続いて「和牛らしい料理がやっと来たか」と。シェフは上州和牛をステーキのようにシンプルに焼いた。見た感じでは火入れは完璧。表面のカリッとした香ばしさが目で見える。そして中心の肉はいわばレア。
和牛はその強烈な脂肪分から、普通のステーキよりも焼く必要がある。だから同じレアでも、血が少し流れる感じは絶対に出ない。そして、塩が必要だ。脂が少し「脱脂」され、口の中でより味わいやすくなるのだろうか?普段から我々が食べている、脂の多いシャルキュトリー(ハム、ソーセージ、パテなど肉の加工品一般を指す)が塩辛いからか?シャルキュトリーの塩分は昔の保存方法でもあるが、チーズ同様減塩するとまずい。それとも、脂肪分が高い肉は必ず塩を要するのだろうか ?例えば、フランスで良く食べる鴨のマグレ。フォアグラ用の鴨の胸肉だ。皮の下の白い脂がくっきりと赤い肉とコントラストを作ったもの。脂分の厚みはほぼ肉と同じだ。このマグレを無塩で食べられるだろうか ?日本料理でも同じことが言える。脂肪の多い肉は照り焼きやすき焼きと塩分が多めな料理に使われる。
以前、パリの日本人シェフが、和牛にクロッシュ(料理が冷めないため運ぶときにかぶせるドーム状の蓋)をかぶせ、グリルにのせて120度のオーブンでじわっと蒸し焼きにした。これは、私が今まで食べたステーキ風和牛の中では最高だったかもしれない。蓋をかぶせることによって半分蒸したような状態になり、低温でじっくりグリルにのせて焼くから脂はぽたぽた下に落ちる。サーブする寸前に高温で表面をカリッと仕上げる。中心はもちろんレア。塩は、中に染み込まないで、表面にがりがりっと粒が残る加減で、実に美味しかった。しかし、サシが入ることが良いとされているるものから、わざわざ手間をかけて脂を抜く意味があるのだろうか?だったら最初から赤い肉を使った方が良いのでは ?考えてしまうではないか。
一般的に、和牛のサシが肉を柔らかくすると思われているが、実は違うのだ。脂肪は筋肉よりも柔らかいが筋がある。脂の筋はなかなか溶けない。マグロのトロ同様寝かせる必要がある。適度に寝かせて脂の筋を「溶かさない」と繊維が固くて噛めないのだ。
食後、調理場でスペランディオ氏がこう言った。「和牛は柔らかいと言われるが、本当は固い。脂分が高いから長時間の熟成に向かない。だから繊維に反して切るしかない。繊維を切断することによって柔らかく感じる肉になる」
なるほど。和牛は日本の食材。日本料理と一緒に育ったのだ。だから日本料理の薄いスライスしか使わない料理に適している。しゃぶしゃぶやすき焼きは和牛じゃないとだめだ。スペイン、フランス、スイスなど、欧州の牛は日本料理に向いていない。逆に言えば、フランス料理の煮込みには欧州の赤い肉の方が合う。
さて、メインの上州和牛の「ステーキ」。部位はリブロースだそうだ。横には同じ部位の「見た目が悪るかった」欠片が置いてある。そして、トリュフとトピナンブール(キクイモ)のミルフィーユ。シンプルだがなかなかエレガントな料理だ。
決め手はソース。#やっぱソースだろ#フランス料理 とインスタグラムにタグする手島純也シェフを思い出す。そう、やっぱりフランス料理はソースだ。日本の上州和牛の上に銀スプーンで丁寧にサーブされたソースはペリグルディーヌ、ソース・ペリグーともいう。細かな作り方は様々なスタイルがあるが、基本はトリュフを加えた肉汁。昔はルーを加えて濃度を与えていたが、今は肉汁を煮詰めるのではないかと思う。
スペランディオ シェフのペリグルディーヌ・ソースは葛湯を思わせるテキスチャーで、とろみはとんかつソースくらいだろうか。色も似ていて、赤みがかった茶色。半透明な艶が美しく色っぽいソースだ。小指の先くらいの大きさのトリュフの欠片がたくさん入っている。フランスでは、去年の秋干ばつに見舞われ、今年のトリュフの味に影響が出ている。価格は例年通り高いのだが、香りがなく、旨みがない。しかし、これだけ太っ腹にソースに加えられると香りが淡泊とは言えトリュフ特有の土っぽい匂いと、何よりもあの独特な歯ごたえを満喫できる。
従来のペリグルディーヌ・ソースよりも軽やかでモダン、そしてエレガント。ほっそり繊細な北イタリアのシェフの姿が見えるようだ。
ソースのおいしさのあまりおかわりをねだったら、別皿でトリュフの欠片をごっそりごちそうになってしまった。指でつまんでぽりぽり食べるのも贅沢な遊びだった。
最後に出てきたラザニアもトリュフを削って、ソースをかけて。実に美味。
タイユヴァンのシグネチャー
「タイユヴァン」はギヨーム・ティレル(1310年 – 1395年)の別名で、1325年からフランスの宮廷で務めた料理人。「ル・ヴィアンディエ」という中世のフランス料理書を著した。その名のレストランを1946年に開店したのがアンドレ・ヴリナ氏。1852年に建てられたモルニー公爵の邸宅であった現在の場所に移転したのは1950年。そして「タイユヴァン」は1973年、アンドレ氏の息子のジャン=クロード・ヴリナ氏のもとでミシュランの三ツ星を獲得し、その栄光の頂点に立った。トゥール・ダルジャンのクロード・テライユ氏同様、ジャン=クロード・ヴリナ氏は、「グランド・メゾン」のオーナーがシェフよりも有名だった時代のグルメ都市パリの全盛期の経営者だ。2011年にレストラングループの経営者ガルディニエ兄弟に買収された。数人のシェフを経て、2021年9月からジュリアーノ・スペランディオ氏が就任し、安定したような気がする。
「タイユヴァン」のシグネチャーであるデザートはクレープ・シュゼット。調理場でパティシエが作ったクレープに、メートル・ドテルがゲリドン(ダイニングで料理を仕上げる台)でリキュール グラン・マルニエや砂糖を加え、最後にフランベして仕上げる高級デザート。ダイニングで派手に炎が燃え上がる瞬間は華やかで常連客でも楽しむ光景だ。今のフランスでは珍しくなったクレープ・シュゼットだから、タイユヴァンに来たら注文せざるを得ない。
しかし、このデザートを注文するとちょっと残念なのは、パティシエの創造性を味わえないことだ。「タイユヴァン」のシェフ・パティシエールはエミリー・クーテュリエ氏。クレープの付け合わせに彼女はマンゴーゼリー、ピスタチオのクレーム、そしてオレンジフラワーと生乳のアイスクリームを出した。
瑞々しさ、冷たさ、丸み、それぞれ異なる感覚を与えるように作られているが、やはりメイン・デザートがシュゼットだと若干中途半端に感じる。次回はシュゼットを外してクーテュリエ氏の創作デザートをいただきたい。
ワインとのペアリングは、特にオリジナリティに富んではいなかったが、「タイユヴァン」らしい落ち着いた、エレガントで美味しいペアリングだった。甘いワインの王道ソーテルヌの「ドメーヌ・ドゥ・ラリアンス」2015年。
和牛チャレンジの結論
パティシエの個性が味わえるデザートが欲しい……これは料理でも同じだ。今回の和牛チャレンジは大変興味深くいただけたが、結局スペランディオ氏の真の料理を試食したい―という結論に至った。スペランディオ氏が「今まで何年間、何回も、和牛がパリの厨房に現れて、僕たちは調理した。毎回和牛の生産者または日本政府のプロモーションだ。なのに未だに僕たちフランスの料理人がレギュラーとしてメニューに出さない理由は?まずいから、とは言わないが、フランス料理に合わないからだ」と厳しい指摘。「結局、最高の部位のフィレまたはフォー・フィレ(リブロース)しか使えない。今回も、僕はコンソメやソース、煮込みなどには、和牛を使わずフランス産の牛を使った。コンソメは和牛では取れない。ソーセージも作ったが仔羊を足さないと味も食感も出ない」と。
正直、今回の和牛メニューを再び「タイユヴァン」まで食べに足を運びたいとは思わなかった。むしろ、同じ料理で他の肉を使ったスペランディオ氏の料理を経験してみたくなった。フランス料理は薄く切ったスライスをしゃぶしゃぶしたり、1~2センチの厚みのステーキを焼く文化ではない。マリネする、煮込む、詰める、煮詰める、ブレゼする(ココットなど密封容器を低温オーブンに入れ長時間煮込む)、そういった工程を重ねて作る料理だ。キーワードは「重ねる」。脂を抜きたいくらいの和牛なのだから―重ねられるものと言えば、塩くらいだ。
もちろん、パリにもステーキハウスはある。しかし、本当のステーキ好きはサシの入ったピンク色の和牛よりも真っ赤なフランス産、あるいはスペイン産の、3歳ではなく、最低5~6歳の牛の熟成肉を好むのではないだろうか。ステーキでも、食べ方と味の評価のし方が根本的に違う。脂肪を誇示するような肉ではなく、白い脂肪と真っ赤な筋のコントラストがくっきり見えるような肉である。
私は日本の和牛の生産者にこう言いたい。合わないフランス料理に無理やり合わせるのではなく、フランス人に売り込みたいのならば、大きなすき焼きパーティーや、しゃぶしゃぶ大会をしてはいかがでしょうか。ちょっと高級な居酒屋気分で、わきあいあいパリジャンが純粋な日本の肉の食べ方を味わう、そんなイベントの方が効果的なような気がする。
Taillevent
15 rue Lamennais
75008 Paris
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