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2022年4月にひっそりとオープンした「明寂」はわずか数ヶ月でミシュランの2つ星を獲得した。店主の中村英利氏は日本料理の伝統を守りながらも独特で清澄明晰な料理を創る。1970年代巨匠たちの技以来久しく見ることのなかった名料理の数々が、2023年現代風の味で食せるのだ。
美しく簡潔明瞭、そして気品のある料理。3つ目の星をいつ獲得してもおかしくない。中村氏の創造する料理はぴんと張られた糸のように無駄がない。本質が凝縮された味は、日本古来の食への理念に忠実である。余計なものも、足りないものもない。「和」の世界にある「自然」の幻想的な部分を壊すことなく、精密な作品は稀に見る完成度。
蟹饅頭
饅頭に仕立てたズワイガニの雌。殻の手前にはスダチで香りづけたリンゴと生姜の千切り。
饅頭は、蟹足に外子と内子の「餡」を包んでから揚げたものである。
表面はパリッとしていて、指で軽く押すとちょっと平たくなり、口に入れたら美味しい汁が広がるだろうと想像できる。次の瞬間口に入れてみると、熱々で、想像通り甲殻類の濃厚された味とうま味がはじけ出る。自然な味は濃いが、同時に品格に満ちている。内子の味はフランスでも食べる「オマールのコライユ(オマールのみそ)」に似ているが、ここではクリーミ―な旨味だけでなく、身の繊維と外子のプチプチした触感が混ぜてある分、舌と歯の遊びもあり非常に美味。
全くもって旨い。口を休める感覚でリンゴと生姜をいただいて一呼吸。スダチの酸味が効いていて、口の中が一気にすっきりする。そうするとまた饅頭を食べたくなるのだ。
紅芯大根の三ツ輪漬け
「スライサーではなく包丁で切れ味を」とその違いを熱心に語ってくれる中村氏。切った紅芯大根は別々に煮詰めた酒、みりん、橙の果汁に漬けてあると言う。
橙を大皿の上で絞った後、中村氏は一切れずつ箸で大根を取り、果実と唐辛子の上に触れる。一見、目の楽しみだけのように見えるこの仕草だが、食べてみると絶妙な効果が分かる。
唐辛子は軽く触れただけだからこそ、紅芯大根の甘さの限りなく繊細な風味をなくすことなく、一滴の鮮明さを与えている。柑橘の香りで一品を〆る。味の美しさにため息が出る。
クエとゆり根最中
塩焼きだろうか?クエの皮はパリパリ。その隣には、味噌と干しイチジクを詰めたゆり根の「最中」。魚の火入れが抜群。ゆり根の仄かな甘みと、味噌の塩味とイチジクの独特な甘みで小さな宇宙を作り上げた一品。一見シンプルに見えるが、実は巧みに完成された料理は幸せを噛み締めた3口。
鯛蕎麦
蕎麦は自家製。スパゲティからヒントを得たのだろうか?パルメザンチーズをすりおろしたような「鯛塩」。鯛をその出汁で煮詰め、粉末にしたものだそうだ。
和牛とセリの煮合わせ
和牛とセリは別に煮てからさっとホタテの出汁で煮合わせる。山椒の風味が和牛のしつこさを消し、セリの軽い渋みと苦味のおかげでコクとさっぱり感が両立している。トロトロで心地よい厚みがある食感は肉料理というよりも、もはや粥のような温かみ。
御飯とおかず色々
上品な甘味のある山形産のつや姫。周りには薬味のような小さなおかずがたくさん。
鮎の稚魚である氷魚は氷のように透明なのでこう呼ばれている。新鮮な筋子の醬油漬け、生カラスミ、イバラガニの内子で調味したトンブリ。ちりめん帆立。そして漬物。なんて贅沢!
すっぽんの卵よせどんぶり
千切りのニラの下には、すっぽんが隠れている。大さじ3杯程度の小さなどんぶりだが、すっぽんのとろっとコラーゲン、卵の濃厚な味、食事の最後にはこの量が最適。食べ終わってふうっと一息。大満足。
デザート
水物はミカン。シャーベットと実に山椒をかけて。冷たくさっぱりとした味わい。
椿の二枚の葉の間に胡麻豆腐。遠い記憶にあるような繊細で控えめな甘さ。日本でしかいただけない優しくほっとするデザート。
あっさりしたデザートたちは食事の締めにぴったり。これで心も胃袋も浄化されて、次の食事に備えなくちゃ……って明日以降のことね。今夜は満腹以上に満腹!ごちそうさまでした。