東京下町、東十条にある「アドリア洋菓子店」はどこの街にもある家族経営の小さなケーキ屋さんだ。
日本のケーキ屋さん。そこではクリスマスには王道のクリスマスケーキを売っていて、桃の節句や子供の日にはお雛様や鯉のぼりがのっかったイチゴのショートケーキを買うことができる。ハロウィンになれば、色とりどりのお化けのケーキがガラスケースの中に並ぶ。誕生日にはキャラクターの絵が描かれた生クリームデコレーションを注文する。そう、あなたの街のケーキ屋さんとは、日本人の生活の中に溶け込んでいる各イベントごとのちょっとした脇役として幸せをシェアするツールとして、ケーキを販売するという大切な役割を果たしているお店のこと。
「アドリア洋菓子店」に話を戻そう。
名前からしてクラシックな響きのこのお店の中を見てみると、確かにパティスリーというよりは「街のケーキ屋さん」と言った方がしっくりくる品揃え。初代はこの地で駄菓子屋をはじめ、2代目が店を構えたのが1967年。昭和時代から3代に渡り50年以上地元に愛されてきた。
ショーケースの中には色とりどりの美味しいケーキがたくさん詰まっていて、タイムスリップしたような「黄色いモンブラン」、「いちごのショートケーキ」、「チーズケーキ」など、国民的に老若男女に愛されているド定番のケーキたちが並ぶ。
自慢の逸品はラム酒を鬼のようにたっぷりと使って染み込ませたレーズンサンドや、チェリーがホロホロしっとりさっくりのバタークッキーに挟まれているチェリーサンド。もう何十年も前から「アドリア洋菓子店の顔」である。焼き菓子のなかでも超人気商品で、一度食べたら忘れられない味。出来立ても美味しいが、翌日のしっとりとクリームが染み込んだ食感がなんともやめられない。日本茶にもコーヒーにもあうのが、アドリア洋菓子店のお菓子なのである。
さて、このケーキ屋が他のお店と違うところはフランス仕込みのヴィエノワズリーや焼き菓子・パティスリーが豊富にあり良心的なお値段ということ。材料費が沸騰する中、工夫して値上げしないように努力もしているようだ。まぁお菓子が気持ち小さくなってるような、いないような?
カヌレやクロワッサン、パン・オ・ショコラなどフランスのブランジェー代表のヴィエノワズリーも並んでいる。その横には、甘いのだけじゃつまらないでしょ?とこちらの気持ちを読んだかのように、クロワッサン・サンドイッチの写真とメニューが置いてあり、注文が入ってから作るスタイル。店内には小さなテーブルが3つあってイートインもできる。
先代のアドリア洋菓子店は、実はナポリタンのある昭和の喫茶店だったという歴史がある。その名残もあり、改装するとき親の代からの常連さん達へも配慮をしてこういう形になった。そんな街のケーキ屋さんがなぜ、フランスにゆかりがあるのか?
実は、ここの長男は人生の半分以上をパリで過ごし日本人でありながら老舗レストランのシェフ・パティシエ になり、フランス人経営のレストランのデザートコンサルタント会社を立ち上げた男なのである。最近では、大手百貨店や地方の百貨店からもお声が掛かるようになり、お菓子講習会や他のパティシエやレストランとのコラボの話もちらほら出ているらしい。まぁこの話は長くなるので、また別の機会に。
アドリア洋菓子店3代目を引継いだ弟もパリ経験あり。そんな佐藤兄弟が作りあげるお菓子は、父親の代の昭和の香りを残しつつパリの香りがする。お菓子業界ではちょっとした話題のこの2人。2人が行くところには、いつも何かが起こるのである。このご時世、個人店でパイローラー(パイ生地を作るための機械)があるのも珍しく、自社キッチンでパイ生地を作っているのでクロワッサンや、ガレット・デ・ロワなどもかなり美味なのだ。
色々話したが結局なにが言いたいかというと、もし東京の外れにある下町の商店街に行くことがあったら、是非この小さな小さなケーキ屋を訪れてみてほしいということだ。タイムスリップしたような昭和からあるケーキと一緒に都内でも見かけるような凝ったパティスリーも並んでいるという不思議な光景が見られる。
少し前に改装し、オープンキッチンになっているので中の様子も見られる。もしも貴方がフランス、パリ大好きって人であれば、お喋り好きなシェフとカフェオレでも飲みながらパリの話で盛り上がること間違いなしである。