フランスでは、秋の訪れと共に狩猟が解禁されレストランのメニューにもジビエが並ぶ。真鴨、キジ、ヤマウズラ、イノシシ、雷鳥、小鹿……。メニューを広げると目に飛び込んでくるのは、秋の食材やジビエをふんだんに使ったパテやパテ・アン・クルート1*豚肉やフォアグラなどを中身にその周りをパイで包んで焼き上げた伝統的なフランス料理。パンにはさんで携帯食にしたり、サラダとコルニッション(ピクルス)を添えて軽い食事としてよく食べられている。、肉の力強さに負けない濃厚なソースと共にいただくジビエのパイ生地包みなどで、見ているだけでウキウキしてくる。この季節、ジビエを使ったタルトやパイ包みは定番として高級レストランで出されているが、今回取り上げる「オレイェ・ド・ラ・ベル・オロール(麗しきオロール夫人の枕)」は、特別な機会に作られていた特別なパテ・アン・クルートだ。19世紀に初めて作られたと記述はあるものの、正確なレシピは存在しないという。この歴史的料理の詳細と製作過程をメゾン・ヴェロがマスタークラスで見せてくれると耳にしたので、早速取材に行ってきた。
フランスの美食遺産
フォアグラ・ブフブルギニョン・鴨料理・ブイヤベース、デザートだったらマカロン・カヌレ・タルトタタン・フォンダンショコラ……。ガストロノミー大国フランスが誇る数々の料理を知らない人はいない。そんな中「オレィエ・ド・ラ・ベル・オロール」は今までほとんど無名であった。
ブリア=サヴァランは、19世紀に判事をしていたがどちらかというと美食家として知られ「美味讃美」の著者でもある。彼の料理人がブリア=サヴァランの母であるオロールに敬意を示して作ったのがオレィエの起源とされている。同じく美食家であったルシアン・タンドレ2**ブリア=サヴァランと家族ぐるみで付き合いがあり、彼に関する本も執筆しているが、親戚関係ではなかったとされている。が書き残したものによると「十数種類のジビエを詰めた大きなパテ・アン・クルートである」と説明されている。当然、狩りで仕留めたものによってファルスの中身は変わっていたはずで、メゾン・ヴェロ4代目であるニコラ・ヴェロは、「21世紀になってもその点は変わらず、現在販売しているオレィエも月によって中身は違います。」と教えてくれた。最低25人分からしか作らないこの「オレィエ」は「パテ・アン・クルート」の極みであり、メゾン・ヴェロ初代が店を出した地元のサン・テティエンヌや、3代目ジルが修行をしたリヨンの人たちに言わせてみれば「これこそがパテ・アン・クルート」なのである。シャルキュトリー3**フランス語でハム・ソーセージ・パテなど肉食品加工製品の総称。が再び注目を浴びている今、そのおかげで「オレィエ」もガストロノミーの最前線に復活したと言えるだろう。
近年シャルキュトリーの人気が再沸騰している。臓物はいやだと敬遠されていたアンドゥイエットを喜んで食べる人、お洒落なムース風の前菜の代わりに「昔ながらの」「伝統的な」パテやテリーヌを出すレストランが増えてきている。また「フードポルノ」と文字だけ読むとぎょっとするようなタグ付けで食欲をそそるお菓子や食べ物をSNS上に載せる人たちが溢れている今、美味しさだけでなく見た目の美しさからもテリーヌやパテ・アン・クルートの画像やビデオを投稿する人が後を絶たない。
1930年創業のメゾン・ヴェロもこのブームに一役買っている。ジルとニコラのヴェロ親子は、シャキュトリーに情熱を注ぎ、すべて自家製、季節のコレクションとして様々な製品を発表している。伝統的でありながら新しく季節ごとの食材と本物の味わいを再発見できるのだ。
メゾン・ヴェロの製造所訪問
少しばかり肌寒い11月の午後。SOPメンバー(エレーヌと由美)を含む6人のジャーナリストを乗せたワゴンはパリを出発し、パリ郊外ヴィトリー・シュル・セーヌ市の小さな小道を入ったところで停車した。メゾン・ヴェロのラボ(研究・製造所)に到着である。ここでは、パリの5店舗で販売される製品が作られている。そこへ総料理長であるニコラ・ヴェロ、製造所責任者のガエル・ラディゴンがやって来て、オレィエについての説明を始める。オレィエは9月・10月・11月・1月の最終週、合計で年に4回しか販売しない商品である。「12月は販売しません。すでに、クリスマス用の商品がたくさんありますからね。」とMOF(国家最優秀職人章)受賞者であるガエルが教えてくれた。
4回の週末、50人分のオレィエを25個から40個製作するという。オレィエを生地に詰め込み成形する作業自体は30分だが、これは工程の一番短い部分で、その前の肉の下準備、そしてその後の調理にはかなり時間がかかる。だからこそ、オレィエは特別な機会に食べる特別な料理なんですよ!と二人が強調する。その後、ガエルに案内され製造所の中枢ともいえる調理場に入り、オレィエの成形作業を見せてもらう部屋に来た私たち。50人分以上の注文は可能なのかという質問に、ガエルは茶目っ気たっぷりにこう答えた。
「製造所にあるオーブンの大きさだけが問題で、50人以上は無理なんですよ。それがなければ100人分でも1000人分でも作ってみたいですねぇ。面白いだろうなぁ。」
12キロの肉を詰め込む
大きな長方形の枕型のパイ生地(ブリゼ生地)の上に、まずはファルスを広げて敷き詰める。
この日は、ファルスが2種類。まず鹿肉とイノシシ肉で作ったひき肉にピスタチオを混ぜたファルス、そしてペルシュ地方の豚肉で作ったファルス。メゾン・ヴェロではフランス産、なおかつ農家で作られた肉しか使わないと決まっているそうだ。
ファルスとは、詰め物料理ファルシーの中に「詰める」ものという意味。ここでは繋ぎのようにパイ生地と肉の間に敷き詰めれる。
豚のファルスの半分がここで使われる。ピンク色のミンチ肉は脂が肉眼でもはっきり見える。ファルスの味付けは家禽のレバー・マッシュルーム・エシャロットが入っているもので、「グラタン」と呼ばれるものだ。
焼き上がってナイフを入れた時、美しい断面ができるように、この段階で赤身肉(主にジビエ)と白身肉(鶏肉)をバランスよく並べていかなけらばならない。シェフの横には、前もって味付けされた10種類の肉がすでに4㎝幅10㎝の長さにカットされ、木の板の上でそれぞれの順番をおとなしく待っている。最初見た時には膨大な肉の量に圧倒されたが、「組み立て」が進むにつれて、それだけの量が必要だと納得する。
ガエルがパイ生地の上に肉を並べ始めた瞬間、彼の無駄のない器用な手の動きに全員が目を奪われ、まるで宗教の儀式に参加しているかのような静けさが部屋に漂った。
美しく並べられていくジビエたち
更に、ガエルは隙間のないように肉を隣り合わせに並べていく。写真右から順番にペルシュ地方の豚肩ロース・リードヴォー4**仔牛の胸腺(これは塩コショウをして下茹で済)・キジ・ハト・ホロホロ鳥・鴨・ヤマウズラ・鴨のフォアグラ・真鴨・鶏となっているのがおわかりだろうか。完璧に隙間なく絶妙な美しさで並んでいる。その後、肉の層が完璧な平行六面体(ってなんだ?と私もわからず調べたところ、「6面の 平行四辺形 で構成されている 立体」だそうだ。数学の要素も必要だとは……。恐るべしオレィエ! )になるように、側面を優しく押して整える。肉の色の違いで、ジビエ、フォアグラ、鶏肉がすぐに見分けられるようにされている。それは何?今置いたのは?どうしてそこに置くの?ルールはなに?と質問責めにする私たちに、「あれ、これは何だったけな。ルールはないから適当でいいんだよ。」などと答えながら、この美しいパズルをささっと完成してしまったガエル。あっぱれである。さすがMOF職人!
肉だけで、これだけ豊かな色彩を一度に見たのは初めてで、驚かされた。色濃いピンク、ボルドー色、牡丹色に赤紫……。
きれいに並んだ肉の上からイノシシと鹿肉のファルスが均等に敷き詰められ、更にモリーユ茸のクリーム煮を重ねる。その後同じ作業が繰り返されるのだが、2段目、シェフは鏡のように工程を逆に行う。1段目と逆に並べていくことで、「一切れ」(焼き上がりをスライスして更に半分にする)を買った人でも全種類の肉を味わえる。2段目の肉を並べて、最後に豚のファルスで覆ったらこれで肉の組み立ては終了だ。
オレィエの蓋(ふた)
作成で最も重要な工程の一つが、最後に生地で蓋をするこの過程である。まず、オレィエの4つ角をパレットナイフで叩いてから、中身がしっかり覆われるように生地の端を折っていく。それから2枚目の生地を全体に覆いかぶせ、縁を下に滑らせてパテ全体を閉じ込める。
調理後のオレィエに美しい色を付けるためには、ドリュール(つや出し)に黄身を塗るのも忘れてはいけない。最後に「麗しいオロール夫人」をイメージした型紙を使って飾りをつける。茶色い色を出すために、ここでは炒って色を付けたパン粉を使用する。なぜパン粉を使うのかという質問には、
「好きな色にできるのがパン粉のいいところです。ニーズに応じて色を薄くしたり濃くしたりしています。」
との答えだった。
このパテ・アン・クルートには「シュミネ」がない。通常、パテ・アン・クルートを作るときには、中に入った材料の水分を蒸発させるために、表面のどこかに穴をあけ煙突(シュミネ)のように蒸気が抜けるようにする。しかし、オレィエは3時間半かけてゆっくり加熱し一晩休ませるので、オーブンの中で食材の水分が少しずつ両脇に流れ、側面でジュレを成形する。シュミネを作る必要はないのである。
オレィエ・ド・ラ・ベル・オロールにナイフを入れると、肉の焼きあがった匂いに混じった黒トリュフの香りが部屋中に立ち込めた。顔を覗かせたオレィエは鮮やかな色が混じりあったモザイクのようで、その絵画のような断面に黄金色のワインのようなジュレが染み込み、包み込んでいる
ルシアン・タンドレ
待ちに待った試食の時間。すでに焼き上がって冷たいオレィエをいただく。一口目はまずパイ生地。外側はカリッとしているが、中は肉の汁を吸いこんで柔らかい柔らかい。バターの味がしっかり感じられ、肉とマッチしている。更に口の中に入れると、様々な肉の味が口の中でとろける。そしてオレィエをまじまじと眺める。市松模様のようにはっきり肉の違いが目に見えて美しいが、それを口の中でキジか?ヤマウズラか?と識別するのは不可能だ。肉の下味につけられたアルマニャックの風味もほのかに感じられる。
ただ、肉の違いで噛み応えや口に残る余韻が違ってそのコントラストが興味深い。フォアグラは当然クリーミ―だし、リードヴォーは食感ですぐわかる。豚のファルスの脂は赤身の多い全体にバランスをもたらしている。そしてジュレが瑞々しさを運び、その後味がすっと消えていく。
こんなに贅沢な材料たちを全部入れてしまえという発想もすごいが、それを今日再現するためにメゾン・ヴェロが、オレィエ作製にかけている情熱とこだわりも垣間見れた午後であり、ジビエたちが喧嘩せずに一つのパイに包まれているパテを味わえたのは大変貴重だった。オロール夫人のために作られたオレィエ、こんな枕を献上された彼女は果たしてどんな人だったのだろうと勝手に想像は膨らむばかり。
25人分なんて頼めない!という人に朗報。今年最後、4回目のスライス販売は1月最終週。ヴェロでは1切れ250gのスライスで25ユーロで販売。1月にはトリュフが入るそうなのでこれも見逃せない。
もしこの記事を読んで、オレィエを自分で作ってみたい!なんて思ってしまう人がいたら(いるのか?)、ヴェロ親子が出版した本にレシピが載っているのでぜひ挑戦してほしい。その際はSOPが取材するので必ずご連絡を!
ヴェロ親子の共著 Terrines, etc (Gilles et Nicolas Verot, Le Chêne, 2020)
- 1*豚肉やフォアグラなどを中身にその周りをパイで包んで焼き上げた伝統的なフランス料理。パンにはさんで携帯食にしたり、サラダとコルニッション(ピクルス)を添えて軽い食事としてよく食べられている。
- 2**ブリア=サヴァランと家族ぐるみで付き合いがあり、彼に関する本も執筆しているが、親戚関係ではなかったとされている。
- 3**フランス語でハム・ソーセージ・パテなど肉食品加工製品の総称。
- 4**仔牛の胸腺